大学生活の総括と弱い自分

いよいよ明日は入社式である。正直なところ、一年後に会社に残っている自信がない。

現在進行形で逃げてばかりなので、きっと例によってどこかで逃げるのだろう。そのときは、きっと最悪の形になる可能性が高い。さまざまな人たちに迷惑をかけながら散っていくのだろうと思うと今から憂鬱だ。

思えば、つい数年前の高専時代は意味もなく自信にあふれていた時期だった。井の中の蛙ではないが、狭い世界しか知らず驕っていたのだと思う。いろいろな先生方が”それではだめだよ”と、いろいろな助言をくれていたがそれも今思い返してそうだと気づくもので当時はさっぱりわからなかった。

しかし、深層意識では自分なんて虚栄心ばかりの未熟者だとわかっていたのだと思う。自分は他人に評価されることが何よりも怖かった、”自分がただの馬鹿”だと相手に気づかれることに恐れていたのである。勉強しなくては何も身につかない、真摯に向き合わなくて何も得られない。常に中途半端な自分は、常に張りぼてを維持することしかしなかった、その集大成が大学院生活最後のあの大惨事である。

情けなくて泣きたくなることもあるが、一向に改善されない自分。今も楽なことばかりして生きている。しかし、最近何をしても不安が頭にあって楽しめなくなってきた。最近飲酒量が増えてきたのはそのためだろう。お酒だけが不安感を解消させてくれる道具になりつつある。

こんな風にならないためには、いろんな人に相談することだろう。こんな自分も、何も最初から逃げようなんて姿勢でいるわけではなかった。やり方がわからない・うまくいかない、そんなそんなことでキャパシティーを超えるともう形だけそれっぽくして目を背けるのである。

自分が行き詰っていることなんて、他人から見れば些細なものだったりあっさり解決のヒントが得られるものだったりする。そのために隣に人がいるんだから遠慮なく相談することだ。試したことがうまくいかなくても、考えているだけであってもその進捗を誰かにコンスタントに伝えることは大きな推進力になる。先生にも散々言われていたことだが、自分はそれをちゃんと理解していなかったということだ。

僕がこの憂鬱な24年の人生から他人に助言できる唯一のことは、遠慮なく相談できる人をちゃんと確保しておくこと、そして些細なことでもいいから行き詰まりそうになったら他人に話してみるということだ。

こんな単純なことに気づくのがあまりにも遅すぎて、僕はもうどうしようもない状態になってる。ここまで愚かな人間はいないと思うが、最近うまくいかないと思っている人たちは結構いるだろう。そんな人は誰かに思っている事を話してみてほしい、それだけでずいぶん楽になるだろう。

些細な問題から少しずつと逃げていくと、それらはいずれ濁流となり、自分ではどうしようもない状態になる。そうなったら手遅れだ、なかなか立ち直ることができない。そしてそれは自覚もなく進行するから厄介である。自分が弱いことが一番の問題だというのは確かだが。